こんにちは。「アートの地図帳」の運営者さとまるです。
モネやルノワールなど、今では世界中で愛されている印象派ですが、実は登場した当時は「印象派は反対されるべきもの」として激しい批判を浴びていたことをご存知でしょうか。
なぜあの美しい絵画が酷評されたのか、当時の人々が何に反発したのかを知ることは、美術鑑賞をより深く楽しむための大きな鍵になります。
アカデミズムによる評価の基準や、未完成だと批判された理由、そして印象派以前の美術界の常識について、当時のスキャンダルを振り返りながら一緒に紐解いていきましょう。
- 印象派が当時の美術界で激しく反対された具体的な理由がわかる
- 印象派が登場する前の時代に評価されていた常識や価値観を学べる
- 写実主義や他の派との違いを知り美術史の流れを整理できる
- 当時の批判を乗り越えて印象派が評価されるようになった背景を理解できる
印象派が反対された前の時代の常識
今でこそ「美しい絵画の代名詞」のような印象派ですが、彼らが登場した19世紀後半のフランスにおいて、「印象派への反対」は単なる好みの問題ではなく、美術界のルールそのものへの挑戦に対するアレルギー反応のようなものでした。
なぜそこまで拒絶されたのかを知るには、まず彼らが現れる前の「当たり前」を知る必要があります。
印象派の前の時代を支配した価値観
印象派が登場する前の時代、フランスの美術界を絶対的に支配していたのは「アカデミー(芸術アカデミー)」という公的な機関でした。彼らが定めたルールこそが「美の基準」であり、そこから外れるものは認められないという厳格な空気があったんですね。
この時代に最も重視されていたのは、「新古典主義」と呼ばれるスタイルです。古代ギリシャやローマの美術を理想とし、整った構図や理想化された美しさを描くことが「正しい絵画」とされていました。
当時の「正しい絵画」の条件
- 筆跡を残さないツルツルとした滑らかな仕上げ(Léché)
- 歴史や神話、聖書などの「高尚な物語」を描くこと
- アトリエの中で時間をかけて緻密に構成すること
つまり、印象派のように「筆跡が残っている」「日常の風景を描く」「戸外でササッと描く」というのは、この価値観からすると「手抜きの未完成品」であり「教養のない卑俗なもの」に見えてしまったわけです。「印象派」という名前自体が、実は「印象しか描いていない(中身がない)」という皮肉から生まれた悪口だったというのは有名な話ですよね。
評価されていた写実主義絵画の特徴
アカデミーの理想とは別に、19世紀中頃には「写実主義(レアリスム)」という動きも出てきました。これは文字通り「目に見える現実をありのままに描く」という姿勢です。
ただ、ここで言う写実主義の絵画は、私たちが写真を見て「リアルだ」と感じる感覚とは少し違います。彼らにとってのリアリティとは、社会の貧困や労働者の姿など、それまで絵画の主役になり得なかった「厳しい現実」を直視して描くことでした。
印象派も「現実の風景」を描く点では似ているように思えますが、写実主義が「社会的な現実(重み)」を描こうとしたのに対し、印象派は「網膜に映る光の現象(明るさ)」を描こうとした点に大きな違いがあります。当時の人々にとって、絵画にはしっかりとした「重厚感」や「意味」が求められていたため、印象派の明るく軽やかな画面は「軽薄」だと捉えられ、反対される要因の一つになったのかもしれません。
権威ある写実主義の画家たち
では、印象派の前に権威を持っていた、あるいは道を切り開いた写実主義の画家にはどんな人がいたのでしょうか。
代表的なのはギュスターヴ・クールベです。彼は「私に天使を見せてくれ、そうすれば描いてみせよう」という有名な言葉を残し、目に見えない理想や神話ではなく、目の前の現実しか描かないという姿勢を貫きました。彼の作品も当時はスキャンダラスでしたが、その圧倒的な描写力と存在感は、次第に無視できないものとして認められていきました。
また、農民の姿を厳粛に描いたジャン=フランソワ・ミレーなども、この流れの中にいます。彼らの絵には、土の匂いがするような重厚さや、暗い色調の中に宿る真実味がありました。


マネという存在
印象派の先輩格であるエドゥアール・マネも重要です。
彼は写実主義的な視点を持ちつつ、伝統的な技法を無視した描き方で大炎上しました。『草上の昼食』などは「現実の裸婦」を描いたことで激しく非難されましたが、この「反対」の嵐こそが、後のモネたち印象派が団結するきっかけになったんです。

写実主義と印象派の違いを比較
ここで、よく混同されがちな写実主義と印象派の違いを整理してみましょう。どちらも「現実」を見つめていますが、そのアプローチは全く異なります。
| 比較項目 | 写実主義(レアリスム) | 印象派 |
|---|---|---|
| 描く対象 | 社会の現実、労働者、物質 | 光の移ろい、大気、色彩 |
| 色使い | 茶色や黒を多用する暗い色調 | 原色を並べる明るい色調 |
| 筆使い | 対象の質感を表す重厚な描写 | 筆跡を残す素早いタッチ(筆触分割) |
| 場所 | アトリエ制作も多い | 戸外制作(プレネール)が基本 |
こうして見ると、印象派がいかに「形」よりも「光や色」を優先した革新的なグループだったかが分かりますね。当時の批評家たちが「壁紙以下」と酷評したのは、写実主義のような「物質感」や「重み」が、印象派の絵からは感じられなかったからだとも言えます。
巨匠ゴッホやルノワールは何派か
「印象派」と聞いて思い浮かべる画家の中には、実は厳密には印象派ではない人も混ざっていることがあります。よく質問にあがる「ゴッホやルノワールは何派?」という疑問についてお答えします。
まず、ピエール=オーギュスト・ルノワール。彼は間違いなく「印象派」の中心メンバーです。モネと一緒に戸外で制作し、木漏れ日の表現などを追求しました。ただ、彼は後に印象派の「形が曖昧になる描き方」に疑問を持ち、古典的なスタイルに回帰した時期もありますが、基本的には印象派の巨匠として語られます。
一方、フィンセント・ファン・ゴッホは、「ポスト印象派(後期印象派)」に分類されます。彼は印象派の明るい色彩に影響を受けましたが、それを「光の描写」だけでなく、「自分の感情の表現」として使いました。うねるような筆使いや強烈な色彩は、印象派の客観的な描写とは一線を画しています。
- ルノワール:印象派(光と幸福感を描いた)
- ゴッホ:ポスト印象派(印象派の影響を受けつつ、内面表現へ進んだ)


印象派と反対の性質を持つ他の派
印象派への「反対」を理解するには、彼らと対立する性質を持つ他の流派や、彼らの後に続いた流派との比較も役立ちます。
美術史にはたくさんの「〇〇派」「〇〇主義」が登場しますが、それぞれが「前の時代への反対」や「新しい視点の提示」として生まれてきたものです。
知っておくべき絵画の派の種類
19世紀から20世紀にかけての西洋絵画の派の種類をざっくりと流れで掴んでおくと、アート鑑賞がぐっと面白くなります。
- 新古典主義:アカデミーの主流。理想美、デッサン重視。
- ロマン主義:感情や激動のドラマを重視(ドラクロワなど)。
- 写実主義:ありのままの現実を描く(クールベなど)。
- 印象派:光と時間を描く(モネ、ルノワールなど)。
- ポスト印象派:印象派を超えて、個性や構造を追求(ゴッホ、セザンヌなど)。
- 象徴主義:目に見えない内面や夢を描く(モロー、ルドンなど)。
こうして見ると、美術史は「理性」と「感性」、「客観」と「主観」の間を行ったり来たりしているのが分かりますね。
印象派と他の派を区別する視点
印象派と他の派を区別する一番のポイントは、「何を描こうとしたか」という目的の違いです。
多くのアカデミックな画家やロマン主義の画家たちが「物語」や「感情」を描こうとしたのに対し、印象派は徹底して「網膜に映る視覚体験」を描こうとしました。「リンゴが赤い」という知識ではなく、「光の加減で紫に見えるなら紫で塗る」という姿勢です。
この「物語を捨てて、視覚だけの世界にした」という点が、当時の知識人たちから「中身がない」「思想がない」と反対された大きな理由でした。しかし、これこそが純粋な絵画の美しさを発見する第一歩だったんですね。
印象派と象徴主義の違いと内面性
印象派と同じくらいの時期に、全く別の方向を向いていたのが「象徴主義」です。印象派と象徴主義の違いは、まさに「外」を見ているか「内」を見ているかです。
印象派が、太陽の下で輝く風景や人々の賑わいという「外の世界(目に見えるもの)」を追いかけたのに対し、象徴主義は、夢、神話、死、神秘といった「内面の世界(目に見えないもの)」を描こうとしました。
象徴主義の画家たち(ギュスターヴ・モローやオディロン・ルドンなど)の作品は、どこか謎めいていて文学的です。印象派があれほど批判された「筆跡の荒さ」も、象徴主義的な文脈であれば「幻想的な表現」として受け入れられることもありましたが、彼らの目指すゴールは全く異なっていました。


立体派ピカソと印象派の対比
時代は少し下りますが、パブロ・ピカソに代表される「キュビスム(立体派)」も、印象派とは対照的なアプローチをとりました。ピカソと印象派の関係は、「感覚」と「知性」の対比と言えるかもしれません。
印象派は、パッと見た瞬間の「感覚」をキャンバスに留めようとしました。しかし、ピカソたちは「人間は一つの視点からしか物を見ていないわけではない」と考え、いろいろな角度から見た形を一つの画面に再構成しました。
印象派が形を溶かして光に変えたのに対し、ピカソたちは形を解体して再構築したんです。実は、このピカソの考え方の元になったのは、ポスト印象派のセザンヌでした。セザンヌもまた、印象派の「移ろいやすさ」に反対し、絵画に「堅固な構造」を取り戻そうとした画家です。
印象派と抽象派の違いと革新性
最後に、よく混同される印象派と抽象派の違いについても触れておきましょう。
印象派の絵、特にモネの晩年の『睡蓮』などは、ほとんど何が描いてあるかわからないほど抽象的に見えますよね。実際、モネは抽象画の先駆けとも言われます。しかし、決定的な違いは「モデルとなる現実があるかどうか」です。
印象派はあくまで「目の前の風景」を見て描いています。どんなに形が崩れていても、そこには「池」や「花」が存在します。一方で、カンディンスキーやモンドリアンなどの「抽象派」は、具体的な対象物を離れ、色や線そのものの構成で美を表現しようとしました。
印象派は「現実をどう見るか」を変えた革新者でしたが、抽象派は「現実を描かなくても絵になる」ことを証明した革新者です。

印象派が反対された歴史的な意義
こうして振り返ると、印象派が反対された背景には美術史の大きな転換点が詰まっていることが分かります。
彼らが反対されたのは、単に絵が下手だと思われたからではなく、数百年続いた「絵画は高尚な物語を、決められたルールで描くべきだ」という絶対的な権威(アカデミズム)を破壊してしまったからです。
「未完成」と嘲笑されたその筆使いは、画家の「個人の感覚」を表現する武器となり、「壁紙以下」と言われた明るい色彩は、私たちが今感じる「自由な美しさ」の基準を作りました。もし、当時の人々が全員印象派に賛成していたら、これほどの革命は起きなかったかもしれません。
激しい「反対」があったからこそ、それを乗り越えた彼らの情熱と革新性が、現代の私たちの心にも強く響くのではないでしょうか。美術館で印象派の作品を見るときは、ぜひその美しい色彩の奥にある「反骨精神」にも思いを馳せてみてくださいね。
