こんにちは。「アートの地図帳」のさとまるです。
みなさんは、レオナルド・ダ・ヴィンチと聞いて、どのような人物を思い浮かべるでしょうか。
白い髭を蓄えた賢者、あらゆる学問に通じた「万能の天才」、あるいは神秘的な『モナ・リザ』の生みの親……。教科書や美術館で触れる彼のイメージは、どこか神がかっていて、私たち凡人とは住む世界が違うように感じてしまいますよね。

でも、もし彼が「片付けられない人」だったり、「締切を守れなくてクライアントに怒られてばかりの人」だったとしたら、どうでしょう? 急に親近感が湧いてきませんか。

近年の最新研究や残された手稿を詳しく読み解くと、彼の性格について、もっと人間らしく、愛すべき不器用な側面が見えてきています。
ADHD(注意欠如・多動症)の可能性が指摘される集中力のムラ、ライバルであったミケランジェロとの子供っぽい喧嘩、あるいはイケメンの弟子に貢いでしまうダメな一面など、彼には現代の私たちが共感できるような「弱さ」や「こだわり」がたくさん隠されているのです。
- ADHDの研究から判明した、天才ゆえの「先延ばし癖」と驚異的な集中力の関係
- ライバルのミケランジェロと激しく対立した、あまりにも人間臭い理由
- 「小悪魔」と呼ばれた弟子サライへの偏愛や、ピンクの服を好んだ独特の美意識
- 動物を深く愛し、市場の鳥を逃がしていた菜食主義者としての優しい実像
科学が暴くレオナルドダヴィンチの性格
神格化されがちなレオナルドですが、現代の医学や心理学の視点で分析すると、驚くほど人間味あふれる、あるいは社会生活において少し「生きづらさ」を感じていたであろう不器用な姿が浮かび上がってきます。ここでは、最新の研究に基づいた彼の「脳のクセ」について、じっくりと見ていきましょう。
天才の正体はADHDだったのか

レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、絵画、解剖学、建築、工学など、数々の分野で傑作を残した天才ですが、実は彼を生涯悩ませていた最大の要因が「ADHD(注意欠如・多動症)」だったのではないかという説が、近年非常に有力視されています。
2019年、英国のキングス・カレッジ・ロンドンのマルコ・カターニ教授らが発表した研究によると、レオナルドの行動パターンや制作態度は、現代におけるADHDの診断基準に非常によく当てはまるそうです。
例えば、彼は次から次へと新しいことに興味が移り、一つのプロジェクトを最後までやり遂げるのが極端に苦手でした。
頭の中には常に、「空を飛ぶ機械はどうすれば作れるか?」「水の流れる音はどうして発生するのか?」「人間の筋肉はどう動くのか?」といった無数の疑問とアイデアが駆け巡り、好奇心が旺盛すぎて脳の処理が追いつかない状態だったと言えます。
これは単なる「飽きっぽさ」ではありません。彼の脳は、ドーパミン受容体の働きが特殊で、通常の人が見過ごすような些細な事象にも強烈な関心を抱いてしまう構造だったのかもしれません。その結果、素晴らしい着想を得る一方で、それを形にする「持続力」が犠牲になっていたのです。
彼の天才性は、この「多動的な脳」があらゆる分野の知識をランダムに結びつける(アナロジー)ことから生まれました。一見関係のない「鳥の翼」と「ネジの構造」を結びつけるような発想力は、現代でいうスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような「イノベーター」の気質そのものです。
完璧主義が生んだ作品の未完という欠点
レオナルドが生涯で完成させた絵画は、驚くべきことにわずか10点から20点程度と言われています(研究者によって数え方は異なりますが、67年の生涯を考えると極端に少ない数字です)。
あの有名な『モナ・リザ』でさえ、依頼主には渡さず、死ぬまで手元に置いて筆を入れ続けていました。
特に『最後の晩餐』を描いていた時のエピソードは有名です。彼は朝早くから足場に登り、一筆だけチョンと色を加えたかと思うと、その後は何日もただ絵を腕組みして眺めるだけで過ごすことがありました。
かと思えば、突然スイッチが入ったように猛烈な勢いで描き始め、食事も忘れて没頭する。こうした極端なムラのある行動は、単なる画家の気まぐれというよりも、完璧を求めるがあまりに着手が難しくなる、ADHD特有の「実行機能の障害」や「過集中」に近いものだったのかもしれません。
教皇もあきれ顔?
ある時、ローマ教皇レオ10世から仕事の依頼を受けたレオナルドですが、絵を描き始める前に、なんと「ニスの調合実験」ばかりに熱中してしまいました。下塗りすらしていないのに、完成後の仕上げの話ばかり気にしていたのです。
これを見た教皇は、「あぁ、この男は何も成し遂げないだろう。事の始まりから終わりを考えているのだから」と嘆いたという記録が残っています。現代の職場なら、上司にこっぴどく叱られている場面ですね。
鏡文字は秘密ではなく障害の適応だった

レオナルドの手稿に見られる、右から左へと裏返しに書かれた「鏡文字」。映画『ダ・ヴィンチ・コード』などの影響もあり、かつては「異端審問官から秘密を守るための暗号だ」なんてミステリアスに語られていましたが、現在はもっと合理的でシンプルな理由が考えられています。
一つは彼が左利きだったこと。当時のペンとインクを使って左利きの人が左から右へ文字を書くと、書いたばかりの乾いていないインクを自分の手で擦って汚してしまうんです。手を汚さずに、かつスムーズに思考を書き留めるための、非常に合理的な工夫だったんですね。
さらに興味深いのが、ディスレクシア(読字障害)との関連です。彼の手稿にはスペルミスや独特な単語の区切りが多く見られ、これは読み書きよりも「視覚的な情報処理」が極端に得意な脳の特性を示しています。
言葉という記号よりも、「形」や「立体」で世界を捉えていたからこそ、あれほど正確で美しい解剖図が描けたのかもしれません。彼にとって鏡文字は、暗号ではなく、自分の脳にとって最も自然なアウトプット方法だったのです。
MBTI診断で見る天才の思考タイプ
もしレオナルドが現代に生きていて、性格診断テストを受けたらどうなるでしょうか。
MBTI(マイヤーズ・ブリッグス・タイプ指標)などの枠組みで分析すると、ファンの間でよく議論になるのが「ENTP(討論者)」か「INTP(論理学者)」かという点です。
| タイプ | 特徴 | レオナルドの該当ポイント |
|---|---|---|
| ENTP(討論者) | 新しいアイデアが大好きで、社交的で議論好き。権威に縛られるのを嫌う。 | 「無学」を自称して当時の学者たちに反論したり、宮廷での会話を楽しんだりする反骨精神と社交性。 |
| INTP(論理学者) | 一人で没頭して研究するのが好き。実用性より原理の解明を重視する。 | アイデアを形にして完成させること(商品化)より、その仕組みが分かった時点で満足してしまう「竜頭蛇尾」な側面。 |
私としての見解は、彼は非常に多面的な人物だったので、社交的なパーティーの場やパトロンへのプレゼンでは「ENTP」のように振る舞い、一人でアトリエに籠もって解剖や物理学の研究をしているときは「INTP」のような内省的なモードに入っていたのではないかな、と思います。
どちらにせよ、「こうあるべき」という常識の型にはまらない、極めて自由な精神の持ち主だったことは間違いありません。
多相睡眠を実践した奇人としての側面
レオナルドの時間の使い方も、常人離れしており、かなり独特でした。
彼は夜にまとめて6時間や8時間寝るのではなく、4時間ごとに15分〜20分程度の短時間の睡眠をとる「多相睡眠(polyphasic sleep)」、いわゆる「ウーバーマン睡眠サイクル」に近いものを実践していたと伝えられています。
これは、常に脳を覚醒状態に近いレベルに保ち、人生のより多くの時間を活動に充てるための彼なりの戦略でした。「眠っている時間は死んでいるのも同然だ」と考えていたのかもしれません。
食事や睡眠の時間さえ惜しんで研究に没頭する「過集中」の傾向は、現代のシリコンバレーの起業家や、ショートスリーパーのクリエイターにも通じるストイックさがありますね。
多相睡眠は現代でも挑戦する人がいますが、通常の人間が無理に行うと自律神経を失調したり、健康を損なう恐れがあります。レオナルドのような特異な神経系と体力を持っていたからこそ可能だったライフスタイルなのかもしれません。
エピソードで知るレオナルドダヴィンチの性格
科学的な分析の次は、当時の記録やヴァザーリの『画家列伝』などに残る彼のエピソードから、その人柄に迫ってみましょう。
優雅で誰もが憧れる優しい一面と、意外にも毒舌で激しい一面が同居していたようで、知れば知るほど「面倒くさいけど魅力的なおじさん」という印象を持つかもしれません。
ミケランジェロとの不仲と激しい確執

ルネサンスの二大巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティ。「犬猿の仲」とはまさにこのことでした。二人の性格は水と油ほど違ったのです。
20歳以上も年が離れていましたが、彼らは互いを強烈に意識し、嫌っていました。
ある日、フィレンツェのサンタ・トリニタ広場で、レオナルドが友人たちとダンテの『神曲』の一節について議論していた時のことです。通りかかったミケランジェロに対し、レオナルドが親切心(あるいは皮肉?)から「ここにいるミケランジェロが解説してくれるだろう」と声をかけました。
すると、以前からレオナルドを快く思っていなかったミケランジェロは激昂し、こう叫びました。
「お前が説明すればいいだろう! 馬の模型を作っただけで、鋳造もできずに放棄したお前がな! ミラノの公爵はお前のせいで恥をかいたんだ!」
これはレオナルドがミラノで制作しようとして失敗(未完)に終わった、スフォルツァ騎馬像のことを痛烈に批判した言葉でした。公衆の面前で最大の恥部を罵倒され、レオナルドは顔を真っ赤にして立ち尽くしたと言われています。
美しく着飾り、音楽やサロンでの会話を楽しむ優雅なレオナルドと、制作の埃と絵具にまみれ、風呂にも入らずストイックに制作に打ち込むミケランジェロ。お互いの生き方そのものが、生理的に許せなかったのかもしれません。
小悪魔サライに翻弄された意外な一面

レオナルドは生涯独身を通しましたが、彼の私生活には常に美しい若い男性たちの姿がありました。特に有名なのが、「サライ(小悪魔)」と呼ばれた弟子、ジャン・ジャコモ・カプロッティです。
10歳でレオナルドの工房に入ったこの少年は、とんでもない問題児でした。
レオナルドは自身の手稿の中で、サライのことを「泥棒、嘘つき、強情、大食漢」と散々に書き連ねています。実際、サライはレオナルドの財布からお金を盗んだり、銀筆を盗んで売ったり、高価な服をねだったりとやりたい放題でした。
しかし不思議なことに、レオナルドは彼を追い出すどころか、30年近くも手元に置き、溺愛し続けました。借金を肩代わりし、ピンクのマントや派手な靴下、高価な布地を買い与え、彼をモデルに絵を描きました(『洗礼者ヨハネ』のモデルはサライだと言われています)。
あれほど論理的で理知的なレオナルドが、これほど理不尽で奔放な存在に心理的に依存し、愛着を持っていたという事実は、天才の孤独や、人間らしい脆さを感じさせます。
動物を愛した菜食主義者の優しい実像

「レオナルド・ダ・ヴィンチは菜食主義者だった」という話を聞いたことがある方も多いでしょう。これは単なる噂ではなく、事実である可能性が非常に高いです。
当時のイタリアの探検家アンドレア・コルサリが、インドからメディチ家に宛てた手紙の中で、「インドの人々は(グジャラート地方の人々のように)血の通ったものを食べず、生き物を傷つけない。我々のレオナルド・ダ・ヴィンチのように」という記述を残しています。
また、彼がフィレンツェの市場で、籠に入って売られている鳥を見かけると、お金を払ってその鳥を買い取り、その場で籠の扉を開けて空に放してあげたという心温まるエピソードも、ヴァザーリの伝記によって伝えられています。
彼は「人間は動物の墓場だ」という言葉を残したとも言われており(※出典については諸説あり)、単なる健康法として野菜を食べていたわけではありません。
解剖学を通じて、人間も動物も同じように痛みを感じる「命」の構造を持っていることを誰よりも理解していたからこそ、倫理的な理由から肉食を避け、すべての生命を慈しんでいたのでしょう。
ピンクの服を愛した派手好きな一面
晩年の自画像のイメージから、私たちはレオナルドに対して「長い髭を生やした、地味なローブを着た仙人」のような姿を想像しがちです。
しかし、若い頃から壮年期にかけての彼は、フィレンツェきっての「ファッショニスタ」であり、非常に美意識の高い伊達男でした。
ルネサンス当時の成熟した男性は、地味な色合いの長い服を着るのが常識でしたが、レオナルドは膝丈の短いローズピンク(rosato)のチュニックを好んで着ていたそうです。
身長が高く、容姿端麗で、力も強かった彼は、自分をどう魅せるかを熟知していました。美しい巻き毛の手入れを欠かさず、派手な格好で街を歩き、自作のリュートを弾きながら即興で歌を歌う。そんな華やかなエンターテイナーとしての顔も持っていたのです。
今の時代で言えば、クリエイティブな才能があり、ファッションセンスも抜群で、少し変わっているけれどカリスマ性のあるインフルエンサー、といったところでしょうか。
現代人が共感するレオナルドダヴィンチの性格
こうして見ていくと、レオナルド・ダ・ヴィンチが決して完璧な聖人君子ではなかったことがよく分かります。
あふれ出る好奇心に体が追いつかず、失敗を恐れて仕事を先延ばしにし、嫌いなライバルには大人げない態度をとり、愛する人には甘すぎて振り回される……。
そんな彼の姿は、現代を生きる私たちと何ら変わりません。むしろ、私たち以上に人間臭く、悩み多き人生を送っていたのかもしれません。
神のような才能を持ちながら、人間らしい弱さや矛盾を抱えていたからこそ、彼の作品は500年経った今でも、単なる「上手な絵」を超えて、私たちの心を深く打つのではないでしょうか。
次に彼の作品を見る際は、ぜひこの「人間レオナルド」の、ちょっと不器用な姿を思い浮かべてみてください。きっと今までとは違った深みや温かみが見えてくるはずです。
