こんにちは。アートの地図帳の「さとまる」です。
ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクといえば、あの不安げな表情の「叫び」が有名ですよね。でも実は、彼が描いた作品の中には、それとは真逆の希望に満ちあふれた傑作があることをご存じでしょうか。それが今回ご紹介する「太陽」です。
ムンクの太陽について解説を読み進めていくと、この絵画が持つ深い意味や、描かれた場所であるオスロ大学の壁画としての壮大なストーリーが見えてきます。さらに、「叫び」との違いや、実際にどこの美術館で鑑賞できるのかといった情報も気になるところではないでしょうか。
この記事では、ムンクの人生をかけた大作について、私なりの視点でわかりやすく紐解いていきます。
- ムンクが込めた「生命の力」やヴィタリズムという思想の意味
- 有名な「叫び」と「太陽」における表現やテーマの決定的な違い
- オスロ大学講堂の壁画として完成するまでの激しい論争と歴史
- 実際にこの作品を鑑賞できるオスロ現地の場所や美術館情報
ムンクの「太陽」を解説 作品の意味と特徴
ムンクと聞くと、どうしても暗くて病的なイメージを持ってしまう方が多いかもしれません。私自身も最初はそうでした。しかし、この「太陽」という作品を知ってからは、彼の見方が180度変わりました。
ここでは、なぜ彼がこれほどまでに力強い光を描いたのか、その核心に迫っていきます。
「太陽」の持つ意味と象徴

この作品の中心にあるのは、画面のど真ん中で爆発的な輝きを放つ太陽そのものです。ムンクはこの絵を通じて、単なる天体としての太陽ではなく、「あらゆる生命の源泉」を描こうとしました。
当時、ヨーロッパでは「ヴィタリズム(生命主義)」という思想が流行していました。これは、都市の退廃的な生活から離れ、太陽の光や自然の空気を浴びて、人間本来の生命力を取り戻そうという考え方です。ムンク自身も精神的な病を患った経験があり、太陽の光はまさに自分自身を癒やし、再生させてくれる絶対的なエネルギーだったのだと思います。
ムンクは哲学者ニーチェの愛読者でもありました。ニーチェの著作『ツァラトゥストラ』に出てくる「自らを燃焼させながら無償で光を与え続ける太陽」のイメージが、この作品の精神的な支柱になっていると言われています。
「叫び」との違いや比較
多くの人が知っている「叫び」と、この「太陽」。同じ画家が描いたとは思えないほど対照的ですよね。この二つの作品を比べることで、ムンクの芸術がどのように変化していったのかがよく分かります。わかりやすく表にまとめてみました。
| 比較項目 | 「叫び」 (1893年頃) | 「太陽」 (1911年頃) |
|---|---|---|
| テーマ | 個人の不安、絶望、孤独 | 普遍的な希望、生命力、再生 |
| 視点 | 自分の内面(ミクロ) | 宇宙や世界(マクロ) |
| 自然との関係 | 自然が襲いかかってくる恐怖 | 自然と一体化する喜び |
| 線の特徴 | 不安定にうねる曲線 | 力強く真っ直ぐな直線 |
| 時間帯 | 血のように赤い日没(黄昏) | 輝かしい日の出(夜明け) |
こうして見ると、「叫び」が「個人の閉じた悩み」を描いているのに対し、「太陽」は「世界に向けた開かれたエネルギー」を描いているのがわかりますね。「叫び」の少しあとに、これほどポジティブな作品を生み出したムンクの精神力の強さに、私はとても感動します。

構図に見る光の表現技法
「太陽」を実際に見てみると、その構図の大胆さに驚かされます。まず、太陽が画面の完全な中心に配置されています。左右対称(シンメトリー)の構図は、宗教画のような崇高さを感じさせますよね。
そして何より特徴的なのが、光の描き方です。「叫び」では世界がぐにゃりと歪んでいましたが、ここでは定規で引いたような鋭い直線が、太陽から四方八方へ飛び出しています。これは当時の科学で発見されたばかりの「X線」や「放射能」といった、目に見えないエネルギーへの関心も反映されているそうです。
色彩も、中心の白から黄色、オレンジ、赤、そして緑や青へと、まるでプリズムを通したように色が広がっています。これは単なる風景画ではなく、光の物理学を絵画に応用した実験的な作品とも言えるかもしれません。
制作背景にある精神的再生
では、なぜムンクはこのような変化を遂げたのでしょうか。実はこの作品が描かれる少し前の1908年、ムンクは精神的に限界を迎え、コペンハーゲンの病院に入院していました。長年の過度な飲酒や人間関係のトラブルで、完全に神経が参ってしまっていたのです。
しかし、クリニックでの治療を経て、彼は見事に復活します。退院後に選んだ住処は、ノルウェーの「クラゲロ」という自然豊かな町でした。彼はそこで、今までのような暗い部屋の中ではなく、外に出て太陽の光を浴びながら絵を描く生活を始めます。
これはムンクが残した有名な言葉です。自分の感情を投影して風景を歪めるのではなく、目の前にある圧倒的な自然の力をそのままキャンバスに定着させようとした、彼の新しい決意が感じられます。
作品の値段や市場価値
これほどの名作となると、気になるのがその「お値段」ですよね。ただ、残念ながら「太陽」のオリジナルとなる壁画はオスロ大学の一部なので、売りに出されることはまずありません。
しかし、参考になるデータはあります。2012年にオークションに出されたパステル画の「叫び」は、当時のレートで約96億円という凄まじい価格で落札されました。もし仮に、「太陽」クラスの主要な油彩習作が市場に出れば、数十億円からそれ以上の値がつくことは間違いないでしょう。
ちなみに、版画作品としての「太陽」も存在していて、こちらはアート市場でも人気があります。それでも数百万円から数千万円はくだらないと思いますが、ムンクの作品がいかに高く評価されているかがわかりますね。
オスロ大学のムンク「太陽」解説と壁画の場所
さて、ここまでは作品そのものについてお話ししてきましたが、「太陽」を語る上で絶対に外せないのが、この絵が描かれた「場所」と「目的」です。実はこの絵、一枚のキャンバス画ではなく、巨大なホールのための壁画の一部なんです。
オスロ大学講堂の壁画装飾

「太陽」が飾られているのは、ノルウェーの首都にある「オスロ大学」の講堂(アウラ)です。1911年の大学創立100周年を記念して建てられたこの講堂の内部を飾るために、ムンクは一連の壁画を制作しました。
講堂の正面、ステージの真後ろにドーンと配置されているのが「太陽」です。そしてその左右には、「歴史」や「アルマ・マーテル(大学の母)」といった他の巨大な絵画が並んでいます。全部で11点からなるこの壁画群は、大学という「知の殿堂」にふさわしい、啓蒙や科学、歴史をテーマにした壮大なプログラムになっているんですよ。
アウラ論争と完成までの道
今でこそノルウェーの至宝として愛されているこの壁画ですが、完成に至るまでは苦難の連続でした。これを「アウラ論争」と呼びます。
コンペティションの際、保守的な大学教授や批評家たちからは猛反発を受けました。「色が派手すぎる」「描き方が荒っぽくて下品だ」「未完成に見える」など、散々な言われようだったそうです。一時は、ムンクの案が不採用になりかけたこともありました。
それでもムンクは諦めませんでした。彼はこの仕事こそが自分の芸術の集大成になると確信していたため、自費で何度も習作を描き、展覧会を開いて世論を味方につける努力を続けました。最終的に正式な依頼が来たのは1914年。足掛け数年に及ぶ戦いの末の勝利だったのです。
歴史やアルマ・マーテルの詳細
正面の「太陽」だけでなく、その両脇を固める作品も非常に重要です。
- 「歴史」 (History)
向かって左側にあります。大きな樫の木の下で、老人が少年に歴史を語り聞かせている姿が描かれています。これは書物による勉強ではなく、経験や口承による「生きた歴史」の象徴です。 - 「アルマ・マーテル」 (Alma Mater)
向かって右側です。「大学の母」とも呼ばれ、授乳する母親と子供たちが描かれています。大学が学生たちに知識という栄養を与え、世界を探求へと送り出す様子を表しています。


「太陽」の光が、これらの人間たちの活動を照らし出しているという構成になっているんですね。講堂全体が一つのメッセージを持っている点に、私は強く惹かれます。
鑑賞できる場所と美術館
最後に、実際にこれらの作品を見るための情報をお伝えします。「本物を見たい!」という方は、以下のスポットをチェックしてみてください。
オスロ大学講堂 (University of Oslo Aula)
ムンクが意図した通りの空間で「太陽」を体験できる唯一の場所です。ただし、ここは大学の施設であり、コンサートホールとしても使われているため、常時公開されているわけではありません。
一般公開されている日時を狙うか、ここで開催されるコンサートのチケットを取るのがおすすめです。音楽を聴きながらムンクの壁画に囲まれるなんて、最高の贅沢ですよね。
ムンク美術館 (MUNCH)
オスロのビョルヴィカ地区に新しくオープンしたムンク美術館も外せません。ここには、アウラ壁画のために描かれた巨大な習作やバリエーションが展示されています。
特に「Monumental」という展示室では、アウラ講堂と同じくらいのスケールで作品を楽しむことができます。こちらは美術館なので、休館日以外はいつでも鑑賞可能です。

ムンクの「太陽」の解説まとめ
今回は、ムンクの「太陽」について解説してきました。個人的には、この作品はムンクからの「応援歌」のような気がしています。
精神的な闇を抱え、「叫び」のような不安を描いていた彼が、最終的にたどり着いたのがこの眩いばかりの光だったという事実は、私たちに「どんなに暗い夜でも、必ず朝は来る」と教えてくれているようです。もしノルウェーに行く機会があれば、ぜひオスロ大学の講堂で、その圧倒的なエネルギーを浴びてみてくださいね。
