地獄の門の本物はどこ?ロダンの傑作の真実を解説

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ロダン作『地獄の門』本物はどこにある?
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こんにちは。「アートの地図帳」のさとまるです。

彫刻の巨匠ロダンが手がけた巨大なモニュメント「地獄の門」の本物はどこにあるのだろうと疑問に思ったことはありませんか。

世界中に同じような彫刻があるため、どれがオリジナルでどれがレプリカなのか、戸惑ってしまう方も多いかなと思います。また、世界の地獄の門は7つあるとか、それはどこに置かれているのかといった噂を聞いたことがあるかもしれません。さらに、日本の静岡になぜ巨大な展示があるのか不思議に感じる方もいらっしゃるでしょう。

この記事では、ダンテの神曲に登場する「一切の望みを捨てよ」という有名な一節をテーマにしたこの大作について、分かりやすい解説をお届けします。

ぜひ最後まで読んで、ロダンの世界を楽しんでみてくださいね。

この記事で分かること
  • ロダンの地獄の門における本物の定義と歴史的背景
  • 世界各地にある8体のブロンズ像の所在地とそれぞれの特徴
  • 日本の東京と静岡で大作を鑑賞できる理由と経緯
  • 考える人など門から独立した有名な彫刻作品の魅力
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目次

ロダンの地獄の門の本物はどこにある?

ここからは、世界中で愛される「地獄の門」について、美術的な視点から「本物」とは一体どういうことなのかを紐解いていきますね。

地獄の門のオリジナルの石膏模型

絵画の世界では、画家が筆を入れたキャンバスが世界に一枚だけ存在し、それが「本物」と呼ばれますよね。だからこそ、巨大な彫刻が世界にいくつもあると不思議に感じるのは当然のことです。

実は、ロダンが生きている間に、この巨大な門がブロンズ(青銅)で鋳造されることは一度もありませんでした。彼が37年もの歳月をかけて、アトリエでひたすらこねて作り上げていたのは、実物大の石膏模型だったんです。

画像出典:オーギュスト・ロダン「地獄の門」(1880–1917年、国立西洋美術館)。出典:Wikimedia Commons

ロダンの指の跡が生々しく残るこの石膏模型は、現在パリのオルセー美術館に大切に所蔵されています。「ロダン本人が直接手を触れたただ一つの物質」という意味で考えれば、このオルセー美術館にある石膏像こそが、すべての原点となるオリジナルと言えますね。

全て本物でありレプリカではない理由

では、世界各地にあるブロンズ製の門はただのレプリカなのかというと、決してそうではありません。これらはすべて、法的に完全に等価な「本物」として認められているんです。

なぜ複数の本物が存在するの?

彫刻の世界では、アーティストが原型(石膏など)を作り、専門の職人がそれを金属に鋳造するという分業制が古くから一般的でした。ロダンは晩年、フランス国家に自身の全財産と作品を寄贈する代わりに、自分の死後も作品を鋳造し続ける権利(事後鋳造権)を託したのです。

ロダンの遺志を継いだロダン美術館が厳密に管理を行い、オリジナルの石膏型から鋳造されたブロンズ像だからこそ、本物として扱われます。粗悪なコピー品が出回るのを防ぐため、フランスでは美術法によって厳しいルールが定められています。

【注意】法的解釈に関するお知らせ

フランスの美術法では、同一作品の鋳造は「最大12体まで」と制限されており、この枠内で作られたものが複数存在するオリジナルと定義されています。ただし、法律や制度の解釈については時代とともに変化する可能性があるため、正確な情報は各種文化機関や公式サイトをご確認ください。

最終的な美術的・法的判断については専門家にご相談されることをおすすめします。

世界の地獄の門は7つ?どこにあるか

美術ファンの間で「地獄の門は世界に7つある」と語られることがよくありましたが、最新の状況は少し異なります。実は、現在確認されているブロンズ像のエディションは世界に8体存在しています。

すべての原型であるオルセー美術館の石膏模型をもとに鋳造された、8つの「本物のブロンズ像」がどこにあるのか、その所在地を一覧にまとめました。

世界各地の所在地一覧(全8体のブロンズ像)

国名所蔵施設名特徴・備考
フランスロダン美術館(パリ)アメリカの作品と並ぶ、非常に初期の歴史的なブロンズ鋳造作品です。
アメリカロダン美術館(フィラデルフィア)【世界最初のブロンズ鋳造】記念すべき第一作目です。
日本国立西洋美術館(東京・上野)松方コレクションとして知られ、前庭で無料公開されています。
スイスチューリッヒ美術館正面外壁を飾る形で設置されています。
アメリカスタンフォード大学カンター財団などの支援により設置されています。
日本静岡県立美術館【世界6体目】高度な技術で鋳造され、屋内に常設されています。
韓国サムスン美術館 Ho-Am(ソウル)
(閉館)
現在は厳重な収蔵庫にて保管されているとのことです。
メキシコソウマヤ美術館(メキシコシティ)【最新・世界8体目】2016年に新たに設置されました。

※一覧表に記載のデータはあくまで一般的な目安であり、展示状況は変更される場合があります。

上限の12体まではまだ枠があるため、将来的に世界のどこかで新たな本物が公開される可能性も残されているんですよ。

ロダンの地獄の門の魅力と詳細な解説

この大作の歴史は、1880年にフランス政府から「新設される装飾美術館の扉」の制作依頼を受けたことから始まりました。しかし、美術館の建設計画自体が中止になってしまったんです。

普通の芸術家なら落ち込むところですが、ロダンにとっては納期や建築的な制約から解放されたことを意味しました。結果として、彼は亡くなるまでの約37年間、この門に無数の彫刻を追加したり外したりし続ける、永遠の未完プロジェクトとなったのです。

アッサンブラージュという魔法

門には200体以上とも言われる人物像がひしめき合っています。ロダンは手や足、顔などのパーツを組み合わせ、少し角度を変えるだけで全く違う感情を表現する「アッサンブラージュ」という革新的な手法を確立しました。

ダンテの神曲と一切の望みを捨てよ

ロダンが制作のテーマに選んだのは、彼自身が愛読していたイタリアの詩人ダンテの叙事詩『神曲』の「地獄篇」です。地獄の入り口に刻まれた「この門をくぐる者は、一切の望みを捨てよ」という絶望的な銘文は、あまりにも有名ですよね。

しかし制作が進むにつれ、ロダンの思索は単なる物語の挿絵という枠を超えていきました。重力のない無限の空間で、愛や罪、孤独や欲望にもがき苦しむ人間の普遍的な姿を、生々しい肉体表現を通じて描き出す壮大な舞台へと変貌していったのです。

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日本の地獄の門の本物はどこで見られる?

実は日本国内でも、この歴史的な大作を身近に楽しむことができるんです。ここからは、日本のどこで本物の地獄の門に出会えるのか、その背景とともにご紹介します。

日本の地獄の門はどこにあるのか

日本国内で、あの圧倒的な存在感を放つブロンズ製の「本物」を直接目にすることができる場所は、実は東京都台東区の上野公園にある国立西洋美術館と、静岡県静岡市の静岡県立美術館の合計2箇所もあるんです。一つの国にこれほど巨大なモニュメントが2体も存在しているなんて、アートファンとしてはなんだか誇らしい気持ちになりますよね。

本来であればフランスの至宝とも言えるこの大作が、ヨーロッパから遠く離れた極東の日本に複数やってきた背景には、単なる美術品の輸入では片付けられないほどの数奇な歴史のドラマが隠されています。大正時代にロダンへ直接注文を出したコレクターの熱い情熱や、第二次世界大戦による没収、そして戦後の日仏政府間で行われた緊迫した外交交渉など、多くの人々の想いが積み重なった結果、今の私たちが上野や静岡でこの傑作に出会えているというわけなんです。

日本にある2つの門、それぞれの楽しみ方

東京・上野の門は屋外に設置されており、空の下で季節や天候によって変わる表情を楽しめるのが魅力です。一方で静岡の門は、国内最大級の「ロダン館」という専用の屋内展示室にあり、光の演出とともに細部までじっくりと観察できる環境が整っています。どちらもロダンが認めた「本物」ですので、ぜひそれぞれの場所で違った感動を味わってみてほしいなと思います。

東京の国立西洋美術館にある地獄の門

画像出典:オーギュスト・ロダン「地獄の門」(1880–1917年、国立西洋美術館所蔵)出典:Wikimedia Commons

上野公園にある国立西洋美術館の作品は、実業家の松方幸次郎が収集した「松方コレクション」に由来します。1920年代、松方幸次郎は自らパリのロダン美術館に鋳造の注文を出しました。日本の若者に本物の西洋美術を見せたいという強い情熱があったからです。

しかし、第二次世界大戦の影響でコレクションはフランス政府に接収されてしまいます。戦後、吉田茂首相の異例の直談判など高度な外交交渉を経て、フランス側から「専用の美術館を新設すること」を条件に寄贈返還されることになりました。

建築家ル・コルビュジエが設計した美術館の前庭に、この門は堂々と設置され、現在では誰でもチケット不要で鑑賞できるようになっています。地震大国の日本に合わせて、地下にはしっかりとした免震構造が組み込まれているんですよ。

静岡になぜ地獄の門があるのか

画像出典:オーギュスト・ロダン「地獄の門」(1880–1917年、静岡県立美術館所蔵)出典:Wikimedia Commons

もう一つの作品が静岡にある理由も気になりますよね。世界で6体目となる静岡県立美術館の門は、1990年から約3年をかけてフランスのクーベルタン鋳造所で制作されました。

ここで特筆すべきは、世界で初めて「二部鋳造」という極めて難易度の高い最新技術が用いられたことです。従来は小さく分割して後から溶接していましたが、門を上下の二つの大きなブロックに分けて一気に鋳造することで、溶接の継ぎ目を極限まで減らすことに成功しました。これにより、ロダンが意図した滑らかな質感がより鮮明に再現されています。

屋内展示ならではの魅力

静岡の門は、専用の屋内展示室「ロダン館」に常設されています。天候や直射日光による強い影に邪魔されることなく、至近距離から緻密なディテールをじっくりと観察できる、世界的にも珍しく素晴らしい環境が整っています。

地獄の門から独立した「考える人」

画像出典:オーギュスト・ロダン「考える人」(1904年、ロダン美術館)。出典:Wikimedia Commons

地獄の門は、それ自体が壮大な作品であると同時に、多くの名作を生み出す「インキュベーター(母体)」でもありました。その代表格が、門の扉の上部中央に鎮座する「考える人」です。

もともとは原作者であるダンテ自身の姿を意図し、「詩人」と名付けられていました。しかし、自らが生み出した地獄の光景を見つめ、全身の筋肉を緊張させて思索に沈むその姿は、特定の人物を超えて「哲学的に思索する人類」の象徴へと昇華されました。そして、サイズを拡大されて独立した彫刻作品として世界中で愛されるようになったのです。

悲劇の恋人を描いた接吻の独立

画像出典:オーギュスト・ロダン「接吻」(1882年、ロダン美術館所蔵)出典:Wikimedia Commons

もう一つ有名なのが、美しい男女の愛を描いた『接吻』です。この作品は、『神曲』に登場する不倫の罪で地獄に堕ちたパオロとフランチェスカのエピソードに由来しています。

ロダンは当初、この二人が愛を確かめ合うロマンティックな場面を門の左下に配置していました。しかし、周囲の凄惨な地獄の光景からあまりにも浮いてしまうと感じたため、門から切り離して独立した作品にしました。

代わりに門へ配置されたのは、地獄の暴風に吹き流され、永遠に結ばれることのない絶望的な逃避行を描いた『フギット・アモール(逃げ去る愛)』という作品です。ロダンの徹底した世界観の構築へのこだわりが感じられますね。

画像出典:オーギュスト・ロダン「逃げゆく愛」(1881年、オルセー美術館所蔵)出典:Wikimedia Commons

地獄の門の本物はどこにあるかのまとめ

どの作品もロダンの魂が宿る正真正銘の本物である

いかがでしたでしょうか。地獄の門の本物はどこにあるのかという疑問に対する答えは、決して一つではありませんでしたね。

原点となるオルセー美術館の石膏模型をはじめ、フランスの厳格な法的ルールに基づいて作られた東京や静岡、パリのロダン美術館など世界各地にある8体のブロンズ像は、どれもロダンの魂が宿る正真正銘の「オリジナル」です。

37年という途方もない時間をかけて人間の感情の深淵を描き出したこの傑作。お出かけの際には、ぜひ実物の前に立って、その圧倒的なエネルギーと重力から解放された肉体のうねりを体感してみてくださいね。

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