ロダンの考える人は何を考えている?像の本当の意味を解説

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ロダン 考える人 何を考えている
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有名なロダンの「考える人」。あの像っていったい何を考えているのだろう、と疑問に思ったことはありませんか?

美術館の静かな空間や教科書の中で、深く思いに沈むあの姿。私たちの知的好奇心を刺激してやみません。でも、実はあの像、「本当は何も考えてない」と言われているのをご存知ですか?

ただ静かに考え事をしているわけではなく、苦悩の表情で地獄を見ている姿こそが、この彫刻の真実なんです。この像はもともと、巨大なブロンズの門である「地獄の門」の一部。その本当の意味を知ると、今までとは見方がガラッと変わるかもしれません。

この記事では、作者であるロダンの生涯や、なぜこのポーズになったのか、モデルは誰なのかといった背景を詳しく解説していきます。さらに、「本物は何体あるの?」といった豆知識から、実物はどこにあるのか、日本で有名な上野の国立西洋美術館の像についてもたっぷりお届けしますね。あなたも次に「考える人」を見るのが、きっと楽しみになるはずですよ。

この記事で分かること
  • 「考える人」が考えていることの本当の意味
  • 作者ロダンと作品が生まれた背景やモデルについて
  • 作品の名称や、本物は何体あるのかといった豆知識
  • 日本と世界で「考える人」の実物に会える場所
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目次

ロダン作「考える人」は何を考えている?その答え

  • 考える人は本当は何も考えてないって本当?
  • 実は考える人は地獄を見ている姿
  • 元になった「地獄の門」の意味とは
  • この像を作った人、ロダンについて
  • なぜこのポーズで表現されたのか、モデルは誰?

考える人は本当は何も考えてない?

考える人は本当は何も考えてない?
画像出典:オーギュスト・ロダン「考える人」(1904年、ロダン美術館)。出典:Wikimedia Commons

多くの人が「考える人」という作品名から、哲学的な思索にふける人物を想像するかも。しかし、この像が表現しているのは、私たちが一般的にイメージする「何かを考えている」状態とは少し違うんです。

この像は、元々「詩人(Le Poète)」という名前で構想されていました。そして、単独の作品としてではなく、後で詳しく紹介する巨大な門の装飾の一部として作られたものだったんですよ。つまり、像の人物は、普遍的な真理や人生の悩みについてウンウンと瞑想しているわけではなく、ある特定の壮大な物語を目の当たりにしている登場人物の一人だったというわけです。

「考える人」というタイトルがすっかり定着したことで、作品が持つ本来の文脈から切り離され、「深く考える人間の象徴」として世界的に有名になりました。もちろん、作品をどう捉えるかは見る人であるあなたの自由です。でも、その起源を知ることで、ロダンが本当に伝えたかった意図をより深く理解できるようになるかなと思います。

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実は考える人は地獄を見ている

では、「詩人」と呼ばれたこの像はいったい何を見ているのでしょうか。その視線の先にあるのは、なんと地獄へと堕ちていく罪人たちの姿です。

この作品は、イタリアの詩人ダンテの長編叙事詩「神曲」の地獄篇に登場する、無数の人々が苦しむ阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界を上から見下ろしているんです。うつむいて顎に拳を当てたあの有名なポーズは、単に考え事をしている表現ではありません。眼下で繰り広げられる人間の罪や苦しみに対する深い苦悩と、そこから目を逸らすことのできない絶望感の表れだったんですね。

全身の筋肉がピンと緊張し、隆々としている様子にも注目してみてください。これは単に肉体的な力強さを示しているだけではないんです。精神的な葛藤や内面的な苦しみが、そのまま肉体にまで影響を及ぼしている様子を、ロダンはとてもリアルに描写しました。だからこそ、じっと動かない静的なポーズでありながら、私たち見る者に強烈な緊迫感とエネルギーを感じさせるのだと思います。

元になった「地獄の門」の意味とは

元になった「地獄の門」の意味とは

そもそも「考える人」が元々設置されていたのは、「地獄の門」と呼ばれる巨大な門の最上部です。この「地獄の門」は、ロダンがフランス政府から新設される装飾美術館の門扉として制作を依頼されたもの。彼が実に37年もの歳月をかけて取り組み続けた、まさにライフワークとも言える大作ですよ。

この門は、先ほど触れたダンテの「神曲」地獄篇を主題としています。門全体には200近い人物像がうごめき、苦しみ、絶望する地獄の光景が彫刻で表現されているんです。「考える人」はその門の中央上部に配置され、いわば地獄の物語を見つめる語り部、あるいは創造主自身の視点を持つ存在として構想されました。

結果的に、装飾美術館の建設計画は中止となってしまい、「地獄の門」全体がロダンの生前に鋳造されることはありませんでした。ですが、門のために制作された個々の彫刻は、それぞれが独立した作品として高い評価を受けることになります。「考える人」のほかにも、「接吻」や「ウゴリーノと息子たち」といった名作が生まれるきっかけになったんですよ。

この像を作った人、ロダンについて

オーギュスト・ロダン
画像出典:オーギュスト・ロダン(1891年、所蔵場所不明)。出典:Wikimedia Commons

この圧倒的な作品を生み出したのは、19世紀フランスを代表する彫刻家、オーギュスト・ロダン(1840-1917)です。「近代彫刻の父」と称される彼は、それまでの伝統的で綺麗に理想化された彫刻のあり方を根底から覆した人物なんです。

若い頃のロダンは、パリの美術学校の入学試験に何度も失敗するなど、決して最初から順風満帆な道を歩んだわけではありません。しかし、イタリア旅行で巨匠ミケランジェロの作品に触れたことをきっかけに、人体のリアルな表現と、内側から湧き出るような生命感の追求に目覚めました。

彼の作品は、表面的な美しさだけを追うのではなく、人間の内なる感情や生命の躍動感をそのまま捉えようとしています。そのあまりの写実性から、デビュー作である「青銅時代」を発表した際は「本物の人間から型を取ったのではないか」と疑われてしまったほど。ロダンは、理想美ばかりを追求する当時のアカデミズムから脱却し、彫刻に新たな命を吹き込んだ革新的な芸術家だったんですね。

なぜこのポーズで表現されたのか、モデルは誰?

「考える人」の力強く、苦悩に満ちたポーズは、ロダンの彫刻への思いそのものを体現しています。ロダン自身、像が考えているのは頭脳だけではないと語っていたんですよ。

彼は、しわの寄った額、膨らんだ鼻孔、引き締まった唇だけでなく、腕や背中、脚のあらゆる筋肉、握りしめた拳、そして緊張したつま先に至るまで、全身で考えているのだと述べました。この言葉が示すように、あのポーズは精神的な活動が肉体全体に及ぼす影響を、目に見える形にしたものなんです。

気になるモデルについてですが、たくましい肉体を持つジャン・ボーという実在のレスラー(ボクサーとも言われます)が起用されたと言われています。ロダンは、内面の葛藤という目に見えないものを、徹底した人体観察に基づき、筋肉の緊張や体の捻りといった身体的な表現を通じて描き出そうとしました。

また、精神的なモデルとしては、詩人ダンテ自身であり、同時にロダン自身の姿も投影されていると考えられています。だからこそ、このポーズは私たちに静かながらも圧倒的な存在感と、深い精神性を感じさせるのだと思います。

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ロダンの「考える人」が何を考えているか知る豆知識

  • 彫刻作品「考える人」の解説
  • 「考える人」の名付けの親は誰か
  • 像の大きさは2種類ある
  • 本物は世界に何体あるのか?
  • 実物はどこにある?世界の美術館
  • 日本で有名な上野の考える人

彫刻作品「考える人」の解説

「考える人」は、元々「地獄の門」の一部でしたが、1888年頃に独立した作品として初めて公開されました。その後、1904年には高さ約186cmの拡大版が制作されます。これが公共の場に設置されたことで、ロダンの代表作として、また近代彫刻の象徴として世界的な名声を得るに至りました。

この作品が革新的だったのは、英雄や神様といった特定の人物ではなく、名もなき「考える人間」という普遍的なテーマを扱った点にあります。ロダン自身は、この像を単なる詩人ダンテの肖像から、より普遍的な「創造する者」の象徴へと昇華させていきました。

それは、ただ夢想にふけるだけでなく、その思索から何かを創造する力を持つ人間の姿であり、芸術家であるロダン自身の姿も強く投影されていたと考えられます。

現在、この像は世界中の多くの美術館で目にすることができます。これは、ロダンが石膏の原型から複数のブロンズ像を鋳造することを許可していたためです。詳しくは後述しますが、一定のルールのもとで作られた「本物」が世界各地に所蔵されているんですよ。

「考える人」の名付けの親は誰か

元々は「詩人」と呼ばれていたこの作品。いつしか「考える人(Le Penseur)」という名前で世界中に知られるようになりました。この名付け親については複数の説があるんですが、実は鋳造所の職人たちがきっかけだったという話が有力なんです。

作品を見た職人たちが、その姿がミケランジェロの彫刻「イル・ペンシエロ―ソ(思索する人)」に似ていることから、愛情を込めて「考える人」と呼び始めたと言われています。この愛称が自然と広まり、やがてロダン自身もこの名称を気に入り用いるようになり、公式な作品名として定着していったようです。

ロダンの多くの傑作を鋳造したアレクシス・リュディエ鋳造所の銘が刻まれた作品も多く残っています。職人たちがロダンの芸術を深く理解し、陰でしっかり支えていたことがうかがえる、素敵なエピソードかなと思います。

像の大きさは2種類ある

「考える人」には、大きく分けて2つのサイズのバージョンが存在します。一つは「地獄の門」のために作られたオリジナルサイズ、もう一つは単独のモニュメントとして制作された拡大作です。それぞれの特徴を以下の表にまとめました。

項目オリジナルサイズ拡大作(モニュメンタル)
原型制作年1881-82年頃1902-03年頃
高さ約70cm約186cm
特徴「地獄の門」の最上部に設置されているサイズ。国立西洋美術館では常設展示室内で目にすることができる。パリ万博後に独立した作品として制作。公共の場に設置されることを想定しており、力強い存在感を持つ。

一般的に、私たちが屋外などで目にする機会が多いのは、この大きな拡大作のほうです。一方でオリジナルサイズは、より間近でロダンの緻密な造形を確認できる魅力があります。両方のサイズを所蔵している美術館もあるので、もし機会があれば見比べてみるのも興味深いかも。

本物は何体ある?

ここで、多くの方が疑問に思う「本物の考える人は世界に何体あるの?」という点についても触れておきますね。

結論から言うと、フランスの法律では、作家の死後、オリジナルの石膏型から12体まで鋳造されたブロンズ像を「オリジナル(本物)」として認めています。ロダンの生前に作られたものを含めると、拡大作(約186cm)だけで世界に20数体の「本物」が存在していると言われているんです。

「え、一つじゃないの?」と驚かれるかもしれませんが、ブロンズ彫刻の世界では、型から作られた複数点すべてが本物として扱われるのが一般的なルールなんですよ。だからこそ、私たちは世界中いろいろな場所で、ロダンが認めたクオリティの「考える人」に出会えるというわけです。

実物はどこにある?世界の美術館

では、その「本物」の考える人はどこにあるのでしょうか。オリジナル鋳造作品は、世界中の名だたる美術館に収蔵されています。日本国内はもちろん、海外旅行の際に訪れるチャンスもあるかもしれません。

日本国内の主な所蔵館

海外の主な所蔵館

これらの美術館にあるのは、すべて正当な手続きを経て鋳造された「本物」です。もし訪れる機会があれば、写真だけでは伝わらない圧倒的な存在感や、筋肉のリアルな躍動感をぜひ肌で感じてみてください。少し下から見上げるように鑑賞すると、より一層その迫力が伝わりますよ。

日本で有名な上野の考える人

オーギュスト・ロダン「考える人」(東京都上野)
画像出典:オーギュスト・ロダン「考える人」(1926年(鋳造)、国立西洋美術館(東京都上野))。出典:Wikimedia Commons

日本で最も有名な「考える人」といえば、東京・上野公園にある国立西洋美術館の前庭に設置されたものでしょう。あなたもテレビや写真で一度は見たことがあるかもしれません。この像は、実業家・松方幸次郎が収集した「松方コレクション」の一部として日本にもたらされました。

松方は、「日本の若い芸術家たちに本物の西洋美術を見せたい」という熱い情熱から、ロダン本人や関係者と直接交渉し、数多くの作品を収集しました。国立西洋美術館の前庭にある「考える人(拡大作)」や「地獄の門」も、そのコレクションが核となっているんです。

この「考える人」はロダンの死後である1926年に鋳造されたものですが、先ほどお話しした通り、正当な手続きを経て作られたオリジナルの1体です。風雨にさらされながらも屋外に展示されているのは、元々が屋外設置を想定して作られたブロンズ像であり、その環境でこそ最も作品が映えるという考えに基づいているからなんですよ。

日本の美術の発展を願った松方の思いと共に、今日も静かに思索を続けている姿は、とても感慨深いものがあります。

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